「食べ物がおいしくなくなった」は未病のサインかもしれません
2026/03/29
あれ?思ったほどおいしくない?
味の問題ではなく、体からのサインかもしれません
今、横浜そごうで買ってきたアミーゴのチーズケーキを食べています。 りくろーおじさんのチーズケーキに似ていて美味しいとYouTubeで紹介されていたのを見て、気になって買ってみたのがきっかけです。 最初に食べた時は、少しパサついていて、正直そこまで美味しいとは思いませんでした。
でも今日、ちょっと甘いものを買って帰りたいなと思った時に、 「まぁまぁの味だったし、失敗はしないかな」と思ってもう一度買ってみたんです。
そして本題なのですが、今日は本当に美味しいんです。アミーゴのチーズケーキが。 「え、作り方変わったの?」と疑ってしまうくらいでした。 でもそこで気がついたんですよね。 今日は自分も鍼に行って体のメンテナンスをした日だったので、 食品そのものの味が変わったのではなく、自分の体の状態が変わったのだと。
つまり、味の感じ方は食べ物そのものだけで決まるのではなく、 自分の体の整い方でも変わる、ということです。 パサついて美味しく感じられなかったということは、唾液の出方や消化の力が落ちていたということでもあります。 東洋医学的に見ると、脾(消化)の働きが整い、気の巡りが良くなり、 感覚(舌・嗅覚・満足感)が戻ったことで、 「おいしい」と感じる力が回復したのだと思います。
食べ物を「おいしい」と感じられることは、日常の満足が回復したサインのひとつです。 それは、未病に対して治療を行った結果、得られた変化なのだと思います。
未病とは|日常の不足や不満として現れるもの
「未病」という言葉は一般にはあまり使われていないので、少しわかりにくく感じるかもしれません。 でも、日常の小さな不足や不満として捉えると、未病はぐっと身近になります。
病気か健康か、という二者択一の物差しでは、体を見る尺度としては少し大きすぎます。 解像度が粗いと、体と意識との距離が遠くなり、未病のサインを見過ごしてしまいます。 人は、言語化されて初めて気づけることがあります。 だからこそ、未病のサインに気づくためには、体を見る解像度を上げていくことが必要です。 もっと近くで体を見る。 その視点が、未病を理解する入口になります。
未病の状態としてよく言われるのは、 「病院に行くほどではないけれど、なんとなく調子が悪い」 「検査では異常がないのに、つらさが続いている」 そんな状態です。 でも、未病はそれだけではありません。 「あれ?美味しく感じられない」 「何となく体が重い」 「楽しみだったドラマに集中できない」 そんな日常の小さな変化も、身体の調子を表す未病のサインかもしれません。
東洋医学の根幹には、小宇宙と大宇宙という考え方があります。 人の体もまた自然の一部として捉える見方です。
人の体は、季節や気候の影響を受けます。 また、外から受けた刺激によって生まれる感情も、体に影響します。 ストレスも今や未病の原因のひとつです。 私たちは外気を取り入れ、それを体内のエネルギーに変え、また外へと出していきます。 こうした営みそのものが、自然活動の一部でもあります。
東洋医学では、こうした前提の上に立って、体を見ていきます。 小宇宙である人の体と、大宇宙である自然や世界は、切り離されず、つながり合っている。 これが、東洋医学の根幹にある見方なのだと思います。
体を整えると心も整う|内側と外側はつながっている
私が同じチーズケーキなのに、 前は美味しくない、後は美味しいと感じたのは、 外側(大宇宙)が変わったのではなく、 内側(小宇宙)が変わったということです。
| 小宇宙(体の内側) | 大宇宙(日常の感じ方) |
|---|---|
| 脾の弱り | 食べ物が美味しくない |
| 気の巡りの低下 | 日常が重い |
| 感覚の鈍り | 楽しみに入れない |
| 経絡の滞り | 世界が少しブルーに見える |
つまり、 世界がつまらなくなったのではなく、 体の流れが落ちたことで、世界の受け取り方が変わっていた、 ということです。
「あれ?美味しく感じられない」 「何となく体が重い」 「楽しみだったドラマに集中できない」 こうしたことは、ただの気分の問題ではなく、 体の中の流れの状態が、外の世界の感じ方に現れているサインとも言えます。
外側の出来事そのものが問題というより、 その出来事に対して自分がどう反応したかが、 今の気血水の状態を見せてくれることがあります。
東洋医学では、体の状態を「気・血・水」という流れで見ていきます。
| 気血水 | ともこ式の捉え方 |
|---|---|
| 気 | 意識や反応 |
| 血 | 血流や巡り、動き |
| 水 | むくみや炎症 |
この流れの状態が、そのまま体調や感じ方として現れてくるということです。
些細なことでイライラする
→ 気が上がっている
悲しいことが妙に長引く
→ 気血が落ちている
なんでも重だるく感じる
→ 水の滞りや、むくみ・炎症の出方
楽しいはずのことが入ってこない
→ 脾や気の弱り、感覚の鈍り
つまり、外側の出来事は、 気血水を測る「検査紙」のようなものとも言えます。
外側の出来事にどう反応したかを見れば、 今の気血水の状態が見えてくるのです。
言い換えれば、 外側の出来事は、体の中の気血水の状態を教えてくれる鏡です。
小宇宙である体の流れが整うと、 大宇宙である日常の感じ方も自然と変わっていきます。
しかし、体を機械のように、それぞれを部品として捉えていると、このつながりは見えにくくなります。 体を全体としてつながったしくみで捉えると、心と体のつながりや、小宇宙と大宇宙のつながりが見えてきます。 体を、よくわからない怖い何かではなく、もっと身近なものとして感じていただけるようになると良いなと思っています。
私は、体の流れを現場で整える職人です。 観察と経験の中で見えてきた体のことを、 小さな違和感の段階で流れを整えるという東洋医学の魅力とともに、 もっと身近に感じていただけるような発信をしていきたいと思っています。

